ダーウィンの悪夢

「グローバリゼーション」とは何か。Wikipediaにはこうある。

グローバリゼーション (Globalization)とは、これまでの国家や地域などの境界を越えて地球規模で複数の社会とその構成要素の間での結びつきが強くなることに伴う社会における変化やその過程をいう。1970年代から広く使われるようになった。

そこから、今日では「運輸と通信技術の爆発的な発展や冷戦崩壊後の自由貿易圏の拡大によって、文化と経済の国境にとらわれない貿易が促進すること」をも指すようになった。

タンザニアヴィクトリア湖に近年になって突然増殖した食用の巨大魚ナイルパーチが媒体
となって、ヨーロッパとアフリカ中部のあいだの紐帯を強めたことが、この映画が狙い撃つ「問題」の発端であるようだ。
けれども、作り手や広告の誘導を少しでもわきにおいてしまえば、見終わってすぐに私たちが「グローバリゼーション」を問題として認識するわけではないと思われる。
目に付くこと。
非常に多くの人命が失われるか、失う危険にさらされている。明日生きている保証のない、人間が置かれうる状況として、まず戦争が思い浮かぶが今は戦争(内戦)にはとりあえずなっていない。状況はしかし、戦争状態より悪い。1晩1ドルで働く漁業研究所の夜警ラファエルは隣国ウガンダとの内戦を「軍からは給料が支給され、運がよければ生き残れる」ので「まし」だったとふり返る。この比較が脳天気なわれわれに説得力を持つの]は、映像が伝えるヴィクトリア湖界隈の人々の生活の無秩序ぶり−あらゆるルールが壊滅し(食料の争奪では、子供同士であっても、年長者が年少者をなぎ倒して奪い取る)、売春とエイズが蔓延し(やはりヨーロッパが運んだキリスト教が避妊を遠ざけている)、魚肉をはぎ取られたナイルパーチの骨格の残骸が腐敗して地面を覆い、高濃度のアンモニアが充満している。
ヨーロッパからやってくる飛行機を操縦して、日銭を稼ぐ白人のパイロットはインタビューの中で、この状態がまずいのは分かるが「でも、どうすりゃいいんだ・・・」とつたない英語で慨嘆していた。こうして肩落としながら、翌日にはまた魚を乗せて帰るこのパイロットは偽善者だろうか?上映中にすすり鳴く観客がいたが、ここまでくると私など涙すら出ない。どうすりゃいいんだ・・・、と観念して無策をさらすばかりである。
情報化が進んだ現代にあっては、遙か遠方で起こるこういう出来事を知ってしまう、まさにそのことが、私たちにとっての不幸なのだという意見がある。それはあるかもしれないといったんは思った。けれども、われわれは不謹慎にも、こういうドキュメンタリーを見ることで励まされてしまうのではなかったか。日常生活でつらいことがあると「タンザニアよりはまし」というふうに。打つ手なし。
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