真昼の視線

yourou2005-05-25

食卓にひとりで面する場面を「さみしい」と感じて敬遠したがる言い分にはときとして首を傾げたくなる。会社では昼食を私はいつもひとりで食べている。さみしいどころか、心は幸福の泉にひたって高揚し、押し殺した鼻歌が味覚を鈍化させてしまいそうなほどだ。この日は食事のあと、近くの公園まで歩いていって、草むらに寝っ転がり、シャツをたくしあげ、真昼の強い日差しを浴びていた。背丈の伸びた雑草をかきわけて寝床をこしらえる。たんぽぽの綿毛が舞い飛んで、衣服に付着する。こうして人の群れの喧噪から離れて、ひとときの安らぎを得ようと目論む同族がひとりくらいはいてもよさそうなものだが、これがいないんである。仰向けになって上空を行き交う雲の切れっ端をしばらく眺めていた。ポケットから出して脇に放ってあったケータイの沈黙が気になって、メールを数通打った。